トルコ・聖パウロの足跡を訪ねて 第十一日目

ウィーンの聖ステファノ大聖堂から始まった「聖パウロの足跡を訪ねる旅」は、再び最初の大聖堂に戻ってきました。
殉教してキリストを証しした聖ステファノと、走るべき道を走り尽くして信仰を守った聖パウロ、私達のこれからの生き方に強い影響を与えていくことでしょう。


私の怠けでブログが大幅に遅れてしまいした。お詫びいたします。
  

トルコ・聖パウロの足跡を訪ねて 第十日目

この巡礼最後のごミサはクシャダシのホテル会議室で捧げられた。
神父様のお話し。「すべてのことに時がある。植えるのに、刈るのに、泣くのに、語るのに、愛するのに、憎むのに。この旅で毎日聖パウロについて学んできました。模範的な聖人です。マリアも大勢の人々が男女を問わず洗礼名として頂いている。マリアの家にはカリフォルニアからの新しい修道会のシスターが、マクシミリアン・コルベの精神によって生きている。抽象的理念より、実際に生きている姿には強いインパクトがある。聖パウロは、時間の尊さを生きる。クロノス・物理的時間ではなく、聖パウロが言っているのはかけがいのない、もう二度と帰ってこない時間。デーケン神父様にとっても?小学生の時にナチのエリート校への推薦入学を断ったこと、?終戦の時に少年だった神父様の前でおじいさんが射殺されたが、汝の敵をあいせよとのイエズスのお言葉を思い、その兵隊に向かってようこそと言えたこと。?死にゆく人と過ごした3時間という決定的な時の体験があり、イエズス会入会を決心し日本に行くという希望を出した。過去より今、今日大切なことを決断しなければならない。」
  


トルコの革屋さんのファッションショウ。プロも顔負けのすばらしいモデルさん達です。
  

トルコ・聖パウロの足跡を訪ねて 第九日目

パムカレの温泉に足をつけて。
  


パムカレさようなら!今日もすばらしいお天気です。
  


聖ヨハネと聖母マリアが晩年を過ごされたエフェゾの遺跡に到着しました。
  


ローマ時代・アジア州地方の州都であったエフェゾは25万ほどの人口のある小アジアでは非常に大きな町であった。
  


エフェゾの遺跡を見ながらパウロの驚きを想像できる。
  


エフェゾ・聖母マリアの家を守るイスラム教のトルコ人。野外ミサ用の祭壇もある。
  


私達の旅といつもともにいて下さった聖母マリアの家でのごミサです。
神父様の言葉。「マリア様はここでヨハネと過ごされました。芸術作品の中に沢山マリアについての作品があります。ピエタを見る子供を失った母はマリアの心に触れます。多くの音楽、文学、芸術にインスピレーションを与えました。結婚していない女性が母となると言われる受胎告知の絵。私は主のはしためです。お言葉の通りになりますように。マリアは、聖霊の力によって母となりました。マリアはイエズスの救いの業の協力者です。神の子の母となるために自由に承諾しました。受難と十字架の死までともに歩まれました。愛を教えただけの30才代の息子が憎しみによって殺されました。三年間もともに過ごした弟子達も逃げてしまいました、
431年エフェゾの公会議で神の母マリアと決定しました。マリアは神ではない。誤解によってプロテスタントとカトリックの対立が生まれました。マリアは神とともにイエズスのもとにいて私たちのために取り次いで下さいます。」
  


教皇ベネディクト十六世は数年前にここを訪問なさいました。その時に持っていらしたロザリオが祭壇の右隣の部屋に飾られていました。


イスラム教徒にとっても聖母は特別な方である。カトリックの聖堂の横に小さなモスクがある。



クシャダシのホテルは海の近くにあり夜景がきれいだ。

トルコ・聖パウロの足跡を訪ねて 第八日目

コンヤからは雪を頂いたパウロ山とテクラ山が見えます。
  


プシディアのアンティオキアにパウロとバルナバで離散のユダヤと異邦人に説教をした。


昼食は地元の人々が行くレストランで。パン作りもここで。
  


ベイシェヒル湖やエリジル湖などトルコの湖水地方を通ってパムンカレへ。
  


コロサイの遺跡は丘の中に。明日も良い天気!
  


パムカレの石灰岩の山の前で。
 

トルコ・聖パウロの足跡を訪ねて 第七日目

あまりの寒さに皆で焚火をして暖まりました。
  


コンヤの聖パウロ教会でのごミサは感動的だった。この教会を守る二人のイタリア人のシスターとトルコの若いカップル、フランス人の英語の先生が一緒に与られた。
  


この教会には神父様がいらっしゃらないし、信徒も若いカップルのトルコ人と巡礼のグループだけである。
「神様は私たちのパパです。必要なものはすべて整えて下さいます。」と完全な委託を生きていらっしゃるシスター方に皆の眼に涙が。
  

トルコ・聖パウロの足跡を訪ねて 第七日目

ごミサは聖母マリア洞窟教会で捧げられた。
神父様のお話し:復活は聖パウロの一つのテーマである。プラトンの哲学によると体は刑務所であり死の瞬間に解放される。キリスト教では神様の力により体も魂も復活し、神の命に与る。ギリシャ哲学は体を低くみている。
パウロはそれぞれの時と文化に応じて福音の表現をする天才的な宣教師であった。穀物の文化の中では穀物を使った。イエズスも天国のイメージとしていろいろなものを使われた。「生きる水、高価な真珠、婚宴など」パウロもそのように宣教をする。思ったほどいまくいかなくても希望を抱くもの。世の終わりまであなたとともにいるとキリストは約束して下さる。
  


カッパドキアの名産品・絨毯作りの見学である。一年もかかって作られた絨毯がこのように叩き売りされるのは悲しいが、買う側としては出来るだけ安く買いたい。
  


カッパドキアの雪景色です。三月にしてはとても珍しいこととのこと。貴重な体験に感謝!


雪の中でトルコの伸びるアイスクリームを食べる勇敢な方々と健気に咲く桃の花。三人の美人岩の前の皆様。
  

先生は人気者。あちこちから声が。
  


新たな出会い?