中谷神父様と行く生月、黒島、平戸巡礼2日目
朝から青空が広がり、カラッとしたさわやかな陽気になりました。
今日は一日黒島を巡ります。
相浦港からフェリーに乗り約50分かけて黒島へ行きます。
黒島教会が耐震工事で聖堂使用ができないため、まずは教会のすぐ隣にある信徒会館でごミサです。
中谷神父様のお話し。
黒島へくる船から景色をながめ、信仰の先輩方の生き方を考えました。
当時の人々(潜伏キリシタンの人々)はどう過ごしていたのだろう、何を話しどんな思いでいたのだろうか、彼らにとって生きるとはどういうことだったのだろうかなど。
今日の第1朗読では、パウロほ必ずしも歓迎されず、ひどい仕打ちを受けては別の町へ行くという旅を続けていました。
私たちほ平和な時代に過ごし、祈り、神様のことを自由に話すことができます。
この巡礼を通し、どんなことごあっても感謝をして生きていけるのは神様のおかげだということを忘れずに日々の生活を過ごしていきましょう。
というようなお話しがありました。
黒島天主堂へ。
今年5月から2020年10月までの予定で耐震工事が行われているため、教会内部は見られないとなっています。
まだ本格的な工事が行われていないため、黒島教会の大山神父様の許可をいただき、特別に内部を見学させていただきました。
参加者の皆様も感激!
黒島観光協会の大村さんに説明していただきました。
黒島天主堂は、フランス人マルマン神父の設計と指導、黒島カトリック信徒の献金と、労働奉仕により明治35年に完成したレンガ造り一部木造のきょあかいどうです。
当時としては大規模な教会建築で、完成された三層構造をもち、後の教会建築に影響を与えました。
教会内には、マルマン神父手作りの説教壇や木製シャンデリアなど当時の備品も多く残されています。
黒島教会の祭壇に敷かれた1,800枚のタイルは、ありたやきの磁器タイルで、大量の現物が現存している例は他にないとされています。
大村さんに、島を案内していただきました。
カトリック共同墓地
ごこにはマルマン神父や数人の日本人神父、子供たちのお墓があります。
並んでいる墓石は黒島御影で、この石の美しさは黒島ならでは。
その他、根谷のアコウの木や根谷のさざんかの説明もありました。
最後に黒島出身で、現在時津教会主任司祭の岡神父様のお兄様がなさっている「cafe海咲」で一休み。
15時30分のフェリーで、相浦港へ戻りました。
中谷神父様と行く生月、黒島、平戸巡礼1日目
朝8時10分に羽田を出発し、10時に福岡に到着。
雨は止んでいて、すでに24度ありました。
曇り空の中、まずは今村教会へ向かいます。
今村教会は、長崎を中心に多くの教会建設を手掛けた鉄川与助の設計、施工により完成しました。
2つの塔を持つロマネスク様式の赤煉瓦造りの教会は、国内に残るレンガ造りの教会として貴重なものです。
中に入ると高いリブ ヴォールト天井やステンドグラスなど完成度の高い内部を見ることができます。
今村教会で本日のミサをおこないました。
中谷神父様のお言葉:
今日から巡礼の旅が始まります。
巡礼にくるたびに人間の力ではできない神様の力を深く考えさせられます。
信じようとする人に応えてくれる神様、この旅が祝福されたものとなりますように。
お説教では、復活祭がおわり、使徒言行録で言われているのはパウロのお話しです。
文書の中にもパウロに乱暴を働き、石を投げつけるとありますが、色々な争いがありキリスト教を迫害しようとします。初代教会から迫害がありました。信仰を持つということは、鍛えられます。
神様は信仰者として私たちを育ててくれています。
巡礼を続けながら日本でもあった迫害のことを考えながら、それでも信じて生きる、この祈りをしながら旅をしていきましょう。
というようなお話しがありました。
昼食後、伊万里トラピスチヌの見学です。
山の上にあり、道は修道院に近づくほど細く小型バスでようやく行けるような場所です。
ここは観想修道会なので、基本的に修道院の中だけで祈りと観想、労働を中心に生活を送っています。
今回は時間が合わず夕の祈りに参列することはできませんでしたが、シスターたちの祈りの声は心が洗われるような素晴らしいものなのだそうです。
場所だけは見学してきました。
聖堂の説明、トラピストのお菓子販売や、私たちにお菓子とお茶の準備をしてくださったシスター方。
外部の人に会えるシスターも限られています。
笑顔の可愛らしいシスター方、中谷神父様とご一緒に。
聖堂の木彫りのマリア様は、見る角度によって様々な表情になるような気がします。
このマリア様を見学に来る方も多いのだとか。