長崎、五島列島巡礼の旅3日目 その2
午後の最初は冷水教会です。
鉄川与助が棟梁として初めて設計施工した教会です。
今日のごミサは青砂ヶ浦教会です。
五島に長くいらっしゃる山添神父様ですが、こちらの教会でミサをあげるのは初めてとのことでした。
青砂ヶ浦教会での山添神父様のお話し。
お恵みをどう感じるか?
を考えたとき、司祭、信者、家族は神様からのお恵みをどのようにいただき、どう感謝して生きていくのかと言うことを示していかなくてはいけないだろう。
それができる1つが、巡礼ではないだろうか。
家族や仲間に、自分たちが五島の信仰に触れ、たくさんの神様のお恵みを感じたり、ありがたいと思ったとき、それが私たちに与えられた神様からのお恵みであり、それを自分一人でもっているのではなく多くの人と分かち合っていかなければいけない。
もうすぐ来日されるフランシスコ教皇様は
「恐れずに人と関わっていきなさい」と言うメッセージをだしている。
めんどうだな、苦手だなと思っても神様から与えられた巡礼の時間に感謝しながら、そのとき感じた自分の気持ちを一人でも多くの人と分かち合い、神様のお恵みを広めていくことができますように。
と言うようなお話しがありました。
仲知教会です。
ここは前田枢機卿様の出身教会です。
スタンドグラスがとても綺麗なところです。
今日の最後は、上五島の最北にある米山教会です。
たくさんの教会を巡り、宿泊先のマルゲリータに向かいました。
ちょうど夕日の綺麗な時間でした。
長崎、五島列島巡礼の旅2日目 その2
江上天守堂は外観が淡いクリーム色にブルーこ窓枠がアクセントとなっている可愛らしい教会です。
聖堂内は触れることも撮影も禁止です。
奈留島ではマイクロバスのドライバー、タガミさんが楽しいお話しをしながらの移動でした。
若松島に向かう途中、キリシタン洞窟を海上タクシーの上から見学。
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今日の最後、桐協会でごミサです。
福音は徴税人ザアカイの話しでした。
山添神父様のお話し。
今日の私たちはザアカイのように一生懸命にイエス様を見ようとしていたのでは?
一人一人生活環境が違い、様々な悩みをかかえながら五島の教会を巡っています。
何かきっかけに気づき、次のステップに進みたいと常に思いながら一日を過ごしてきたのではないでしょうか。
この貴重なときを一緒に過ごすことを嬉しく思います。
この巡礼の旅をしている中で、お恵みに気づき、感謝し、皆で色々なことを分かち合いながら、私たちといつも共に歩むイエス様に感謝しミサを捧げます。
と言うお話しがありました。
今夜はえび屋さん宿泊です。
美味しいお食事に皆様大満足です!
たくさんの美味しいお料理を、おしゃべりををしながら楽しく2時間半かけていただきました。
すべてに満足、感謝の一日でした。
長崎、五島巡礼の旅2日目 その1
今日から五島の教会巡りです。
朝から北風のふく寒い一日になりそうですが、皆様元気でなによりです。
福江港から海上タクシーにのり、牢屋の窄、浜脇教会へいきました。
拷問を受けても信仰を捨てなかった殉教者のために、皆で心を込めて祈りました。
浜脇教会で。
二階から見る聖堂は、一段と綺麗てました。
田ノ浦港なら戻る途中、久賀タクシーのご夫婦から手作りのふくれまんじゅうとお茶をご馳走になりました。
どこへいっても、優しい人たちに会うことができる素敵な毎日を過ごしています。
冷えた身体に、出来たての温かなふくれまんじゅうはお腹も心も満たしてくれました。
ありがとうございました!
次は旧五輪と五輪教会です。
見学には、事前申込みが必要です。
最近はいたずらをする人がいるとのことで、教会はカギががかっています。
寂しいことです。
旧五輪教会を見学の後、五輪教会でお祈りをしました。
田ノ浦港を去るときに、この島に住む4人の信徒にお会いすることができました。
この4人が、教会を守ってくださっているのです。
長崎、五島巡礼の旅1日目
今日から長崎、五島巡礼です。
少人数ですが、良い巡礼になりますように!
行ってまいります。
長崎について、まず向かったのが時津教会です。
時津は、二十六聖人が京都から西坂の殉教の道で最後に上陸した地でもあります。
月曜日は神父様のお休みの日にも関わらず、巡礼者のためにミサをしてくださいました。
また学校がお休みとのことで、わざわざ侍者をしに女の子がきてくれました。
教会の方々の優しいおもてなしに、こちらも温かく優しい気持ちにらなれました。
ミサの後、時津教会の方、侍者の女の子、巡礼の皆さんで記念撮影。
この後、岡神父様のお話し。
若い神父様に皆様興味津々!質問攻めにあっていました。
そして岡神父様の叙階式の貴重なビデオをみました。
前田枢機卿様の若いお姿も写っていました。
なにより、多くの信者に祝福され家族に支えられて、たくさんの愛に包まれた叙階式の様子に、皆様拍手感動していました。
楽しかった時津教会を後にし、長崎港からジェットフォイルに乗り福江に向かいます。
こちらで曽根教会主任司祭の山添神父様、ガイドの小田さんと合流。
コンカナ王国に宿泊です。
塩谷神父様と行く「東北巡礼」第4日
朝食です。幸せなお時間。神に感謝。
秋保温泉より、山形へ。
山形教会では、日曜日のごミサで教会は一杯でした。ご聖体訪問だけさせて頂き、次の巡礼地・米沢に向かいます。
我らがガイドSさんと、ドライバーのTさんです。素晴らしいお2人。
巡礼最後のお食事です。沢山のたべものですが、頂いてしまいました。
「自分の命を捧げられた殉教者の地。沢山の方々が命を捧げられました。が、自分の命は、それほど軽いものなのでしょうか。第1朗読、知恵の書では、神が回心させようとしています。あなたは存在するものすべてを愛し、お作りになったものを何一つ憎まれない。憎んでおられるのなら、作られなかったでしょう。命を愛される主よ、すべてはあなたのもの、あなたはすべてをいとおしまれる。神様の御眼から見てどれほど尊いものであるか。私たちだけではなく、地球上のあらゆるものを、鳥や、動物など皆、神がお望みになったから生まれ、存続しています。私たちは神様から呼び出されたかけがいのない存在です。ですから自己嫌悪に陥ったりすることは神様に対して失礼です。神様は私たちを永遠に存続させたいとお望みです。一人子を私たちにお与えになるくらい、私たちを愛されました。神の御目から見て、私たちは命がけの愛の対象です。神の御子の血によって贖われました。
ザアカイのように、イエス様に会うと人が変わってしまいます。イエス様は、今日この家に救いが訪れたとおっしゃいます。イエス様の心が分かり、価値観が分かった時、ザアカイの心も変わっていきます。
私たちも何とかしてイエス様にお目にかかりたい。司祭がいらっしゃらなかったときには、ご聖体の代わりにメダイを口に入れていたこともありました。聖なるご聖体は祝せられますように。私たちは、ご聖体そのものを頂くことができます。私達の中に来て下さるほど謙られました。毎日、よりイエス様に似たものとなるように願い、祈っていきましょう。」(文責:小池俊子)
米沢の「北山原殉教地」です。
信仰のために斬首され、命を捧げる人。彼らの高貴な生き様を見て、土下座して送り出す為政者。信頼し合った人たちが生み出した奇跡のような1日。
各自、殉教者の想いを深く心に刻みつけて、新幹線に乗りました。素晴らしい天候、快適なホテル、美味しいお食事、そして、沢山の殉教者との出会い。神様に感謝。聖母の御取り次ぎに感謝です。
塩谷神父様と行く「東北巡礼」第3日
今日もこのような晴天です。神様、ありがとうございます。
ホテルの窓には、沢山のカモメが挨拶にきてくれました。
南三陸地方の地震、津波の犠牲者を悼むために、ここに献花台が設けられ、今でもお花が捧げられています。商店街も「サンサン商店街」として生まれ変わりました。
石巻のサン・ファン・バウティスタ号です。この木造船でソテロ神父様、支倉常長と一行180名は遣欧使節としてメキシコ、スペイン、ローマ に向かいました。
仙台教区のカテドラル「元寺小路教会」でのごミサです。
「私達は、必ずしも列聖されてはいませんが、広い意味での聖人、キリストによって救われ、永遠の命を頂く、これだけは、どうしても頂きたいお恵みです。御父の御心にかなうものとなる。その一番良い模範が御子イエス様です。御子イエス様に一番近く、ご聖体のイエス様に私たちの心に来て頂く、ですからごミサこそ私達の生活の中心であり、巡礼の時にも中心であります。私も、叙階された後、数年はミサの準備をし、間違えないようにし、お説教も書いて、直して、テープに入れ、それを聞いて、また直してとやっていました。また、日曜日ではないミサの時にも、歩きながらでも説教を考えていた。このように、初めは緊張していたミサも、だんだんに慣れて来ると、準備が疎かになったり、気持ちが入らなくなったりしてきた。そんな時、友人の神父様に、時々ミサに集中できないことがあってねと相談すると、僕はいつもこのミサが最後のミサだと思うようにしているとの答えでした。そのように自分もやってみようとしました。しかし、手帳をみると数日後までの予定が入っているのて、これが最後のミサとは思えなくなります。
1933年、熊本県の菊池という幼稚園で父の日に話して下さいと言われました。遠いので、熊本のマリスト会の修道院に泊めてもらうことにして、土曜日の晩に熊本に行っていることにしました。九州自動車道でとても眠くなり一瞬寝てしまいました。危ないところでした。修道院で、明日のミサをしてくれるように頼まれました。主日のミサをしているうちに、ミサに命をかけて、もっと真剣に捧げることができた。これが、自分の最後のミサだと思いにくいこともあるが、思いがかなう時にその日がやって来るかも知れない。目を覚ましていなさいとイエス様もおっしゃいます。今日、私達がここに生きているということは、当たり前ではない。ありがたいことです。私達が普通に生きている時でも。
8年前の3月11日、あの日に命を取られた方々がいっぱいらっしゃいます。人を大切にする。…神様にとっては今。神は永遠の方。永遠というのは、いつまでも続くということではなく、時間を超えた方、時間を超越した状態。人間としていろいろあったとしても、その人のために今も祈ることの大切さ。私達の親しい人々、家族、親族、友達のため、すべての人々のための祈りを神様が聞いて下さっていることを確信しながら、今日、このごミサでも亡くなられた方々のために祈りましょう。」(文責:小池俊子)
カルワリオ神父様と8名の方々が、殉教なさった広瀬川川畔です。
2月の寒い日々。この冷たい水の中に3時間、次には10時間もつけられ、最後には斬首され殉教なさいました。
キリストのように、苦しみの中でも、高貴に仲間を励まし、弱いものに声をかけ続けたカルワリオ神父様。信仰はこのようにして証しされるのですね。
カルワリオ神父様、私たちも謙虚に、柔和に、そして、強く信仰を生きる者となれますよう、取り次いで下さい。忍耐の心とキリストへの燃えるような愛で、現代社会の誘惑に打ち勝ち、聖なる道を選び、歩んでいけますように。
渋滞に巻き込まれてしまったバスを待つ間に、分かち合いができました。皆様の誠実さ、謙虚さは聖霊の賜物。
最後の晩餐です。ガイドのSさん、ドライバーのTさんもご一緒して下さいました。