山下敦神父様と行く聖地イスラエル巡礼第5日目
最初の訪問は、マリアの永眠教会です。声の良く響く地下聖堂で「御母マリア」を心を込めて歌いました。
その後、最後の晩餐の部屋、ダビドのお墓から、この坂を下りて、「鶏鳴教会」に向かいます。
イエス様が一晩過ごされた真っ暗の牢屋。何も悪いことをなさらなかった主が、このような仕打ちを受けられた。
一晩中真っ暗な牢獄で過ごされたイエス様は、死刑の宣告を受けて、十字架を背負い、この階段を降りてゴルゴダの丘に歩いて行きます。
エルザレムの50分の1の模型です。
4月だというのに、強い日差しを浴びながら、エルサレムの模型で、数千年のイスラエルの歴史をまなびます。
イスラエル博物館には、驚くべきほどの発見物が展示されています。
「死海文書」のツボの形で作られた資料館には、絶えず水がかけられ、中の温度が一定に保たれています。
ゲッセマネの園の教会です。樹齢千年以上と言われるオリーブの木は、イエス様の祈りを傍観していたのでしょうか?
私たちのために、血の汗を流しながら極みまでの愛を示して下さったイエス様。答えていないと心底思います。そして、もう一度やり直したいとも。
「・・復活の準備期間には、神の嘆きに心を留めるべきです。私たちの神に向かう祈りは苦しみや嘆きを叫ぶような祈りが多いです。このような祈りもあります。けれども、神にはどれほど嘆きたくなる理由があるでしょうか。ただ嘆くだけなら子供でもできます。私たちがまだ罪びとだった時に、神は命を捨てて下さいました。神はすべての人のため、特に回心をしなかった人のためにも十字架の刑を受けられ、死に、復活なさいました。私たちにとってとても大切な生き方があります。生きている間、いつも罪があります。けれども、神は変わらず、罪人のために死んで下さいます。私たちは生きている限り、善を求め、神に願い続けなければなりません。血を流すほどの苦しみ、これが神のもとに昇っていく。このような生き方。自分自身を差し出していくこと。これがキリストの復活の力です。ともに祈りたいものです。」(文責:小池俊子)
今夜はギリシャ正教の復活徹夜祭です。有志で聖墳墓教会に行きました。
コンスタンチヌスの母、聖ヘレナが見つけたキリストの十字架があった所などを見ながら、聖墳墓へ。
ギリシャ正教の司祭は行列をコントロールするのに大忙しです。私たちもこの列の中に加わり、2時間くらい押し合い、へし合いで、お墓に入ることができました。