李神父様と行く聖地イスラエル巡礼の旅第五日目

ごミサはエリコの「良き牧者」の教会でささげられました。
「誘惑の山に行きました。イエズス様は私達に伝えるため、また、教えるために誘惑に会われました。今日の祝日のリジューの聖テレジアも修道院の中でいろいろな誘惑を感じました。世間ではもっと沢山の誘惑があります。自分の力では勝てません。祈りを通して聖霊の導きによってのみ誘惑に打ち勝つことができます。
 私は今朝5時頃起きました。今日はなにがあるでしょうかと考えすごく嬉しかった。巡礼の道で一人一人を聖霊が導き、種々なメッセージが与えられます。そのためには、心を閉じてはなりません。回心は心からも、目からも、耳からもきます。私は何もできませんと言うのではなく、聖霊の勧めに素直にお答えしましょう。

エッセネ派の人達が厳しい砂漠での生活を送ったクムラン。洗者聖ヨハネも最初は彼等の仲間だったという説もある。

クムランでの昼食の後、死海での浮遊体験です。体はつるつるで皆様十年若返りました。

神父様、あまり遠くにいらっしゃらないで下さい。助けにいけませんよ。

「山上の説教」宿泊施設から見たきれいな日の出です。

最初はタポール山の「ご変容の教会」です。「ご受難の前に天国の味見をさせてもらった場所」と神父様は話されました。

Hご夫妻とSご夫妻が「カナの婚宴」の教会で結構の約束の更新をなさいました。最後までこの絆を大切になさいますように。

ザクロ・ジュースでほっと一息です。

「お告げの教会」でのごミサもまた感動的でした。
「マリアが大天使聖ガブリエルのお告げを聞いた時、どんな気持ちだったでしょうか?有り得ないこと、天が落ちてくるほどの驚きでした。けれどもマリアは受け入れました。日本人ならお言葉ですが、不可能でしょうと答えたかもしれません。信仰の恵みは神からきます。小さな時から神の御心にかなうことを行うように育てられ、自分の意志を持って答えられたマリア。ろうそくに芯がないと火が付けられないように、聖霊が働いても芯である信仰がなければこのような従順の行為はできません。マリアはみじめな人間としておそれます。けれども神はおそれるなとおっしゃって下さる。私達には毎日沢山の心配事があります。このような人間的な心配は何もなりません。全てをマリアのように委ねて、一歩一歩歩んでいくことができるように一緒に祈りましょう。」