松尾神父様と行く聖地巡礼 キリストの足跡を訪ねて 第6日

死海沿岸での朝を迎えました。
このあたりは酸素濃度が高く、身体もとてもリラックス出来ます。皆様も昨晩はぐっすりお休みになられたようです。

今日の最初は、なぜか童心に戻る「岩塩採掘」タイム。死海は今やどんどん干上がり、このままでは百年もしたらなくなってしまうとか。それは問題ではありますが、かつて湖底だった場所には岩塩がゴロゴロしています。その一部をお土産に、と皆様必死に採取中です。
  

実はここに来たのは、旧約にでてくる「ロトの妻」の塩柱がよく見える場所だからです。こちらもぜひご注目下さい。

巡礼中は基本的には毎日ごミサに与りますが、このあたりは教会がなく、今日はごミサを予定していませんでした。でも今日は日曜日、ということで予定を変更し、荒野で野外ミサをすることになりました。
ミサセットはエルサレムで調達し、ワインも先日訪ねたワイナリーで手に入れ準備万端。あとは場所捜しです。

一時間ほど南下したところにあるアブダットの泉という、砂漠の中で水が湧き出ている場所に行くことになりました。

このあたりは国立公園になっています。ガイドさんによると、少し歩けは木陰があるとのことでした。砂漠に木陰?と驚きです。しかし…
すでに先約あり。若者の団体がくつろいでいました。

炎天下の中、祈りの場所を求めて歩きます。日差しもまぶしく、のども乾きます。モーゼ、エリア、ダビデ、そして洗礼者ヨハネとイエス…砂漠に祈りに来た彼らの気持ちに寄り添います。
ヘブライ語の砂漠を意味する言葉と「語る」の言葉は語源が同じ、という話はなかなか興味深いものです。神と語るには、砂漠が最適な場所だからと言われているそうです。
まもなくその時が来ます。

ようやく日陰を見つけました。神父様の声が岩場の絶壁にぶつかり、あたり全体に響きわたりました。まるで広い洞窟にいるようで、でも空が見え、近くには水が流れ、オアシスとなっています。
感動的なミサが静かに終わりました。
  
  

そして午後は再び浮遊体験。初めての方々も上手に浮いていました。
心も身体もリラックス。お肌もスベスベ、おまけにまたもや湖底の塩を採掘?するなど、思い思いに幸せに満ち足りた時間を過ごしました。

お肌トラブルの方のビフォー・アフター、ぜひ弊社に情報をお寄せ下さい。そのうち死海沿岸長期療養滞在の旅(巡礼)、ご案内させて頂きます!?
  
   

「竹内神父と行く 聖地イスラエル巡礼の旅」第四日目

ベトレヘムの狭いご降誕の場所から出ると青空が広がっています。小さな、無力な赤ちゃんになられたイエスさま、ありがとう!



エルサレムのローマ時代の道を通り歎きの壁展望台でガイド西郷さんの説明を聞きます。
  


女性側では皆様いろいろお願いをなさったようです。男性社会のイスラエルでは歎きの壁のスペースも女性には三分の一です。
  


来週の独立記念日に備えて兵隊が練習をしていました。あまりそろっていなかったかな?
  

今日も本当によく歩かれました。
  

「竹内神父と行く 聖地イスラエル巡礼の旅」第五日目

朝食は健康のバロメーター。皆様まだ食欲はおとろえていらっしゃいません。神に感謝!
  

ベタニアのラザロのお墓へ。より良いものを選ばれたマリア。
今朝、バスの中で神父様は「ザアカイのように自分を探す旅にしたい。各自、何かテーマを持ってこの旅を続けましょう。」とおっしゃった。
  

ベタニアからエリコに向かう道に海抜ゼロ地点がある。
ここにはベドウィンのおじさんがラクダに人を乗せ、数分で六ドルの商売をしている。
  

エリコのザアカイの木の前で。キリストに出会えたその日に、ザアカイの心が変えられ、新しい生き方が始まった。
  

ケーブルで登った誘惑の山の 「40日修道院」には4〜5名のギリシャ正教の修道士が厳しい修道生活をされ、キリストの証を生きていらっしゃる。
このお年の修道士さんは台所でじやがいもをむいていらした。
  

「40日修道院」のベンチに座り短かな黙想の時間がもたれた。
  
  

一万年前にここにはすでに文化があり、人々の共同生活があった。